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妊娠中に気をつけていたこと

Mon

妊娠中に気をつけていたこと

2008年のGWくらいにタイ旅行に行った後、そろそろ子供欲しいな~とは思っていたものの
そんなに簡単には出来ないだろうから、一年くらい様子をみながら…と思っていました。
結婚してから、夫婦二人の旅行もいろいろ国内外に行ったし、
もし今、赤ちゃんが出来ても後悔はないよね~と確認していて。

★妊娠前から気をつけていたこと:緑黄色野菜の摂取
普段からハードに仕事をしていたし、お酒も週に3日くらいは飲んでいたし(主にワイン)
不健康ではないものの、充分に健康だったかといわれると???なのですが
子供が万が一出来たときに備えて、緑黄色野菜だけは積極的に取っていました。
葉酸は妊娠初期にたくさん摂取しておかないとという噂を耳にしていたので。

★妊娠発覚後に気をつけていたこと:3食規則正しく食べる、鉄分を取る
妊娠発覚後は真夏でただでさえ食欲がないところにつわりで、食生活は大変でした。
とにかくスイカとか水っぽいものを好んで食べていました。
お酒はしばらく中断して、鉄分不足に注意して。

★つわり後に気をつけていたこと:食べ過ぎないこと、飲みすぎないこと
つわり後は今までの分を取り返すかのようによく食べました。
時折、昼食後に会社の体重計で体重をチェックして確認。
それまで体重計には検診くらいでしかのらないから、習慣になっていなくて…。
この頃には、「一杯くらいはいいか…」と、飲み会のときに乾杯のビールだけとかは
飲んでいました。
自宅でもワインをたまに飲んでいましたが、多くても2杯まで、飲み過ぎないように注意注意。

★安定期に気をつけていたこと:自転車に気をつけて乗ること、風邪をひかないようにする事
安定期は、まるで妊娠していることを忘れるくらいにバリバリ仕事。
できるだけ早めに帰宅できるように効率よく仕事をしつつ
こじの協力も得ながらちゃんとごはんも食べて、健康にも留意。
会社へは駅から自転車だったので、転倒しないように気をつけていました。

★妊娠後期に気をつけていたこと:体重管理をすること、おっぱいマッサージをすること
後期になってもあまりおなかが大きくなっていなかったので、
比較的行動派で過ごしていました。
とはいえ、いつも以上の食欲+仕事のせいで遅めの夕食で体重が増えすぎないよう
気をつけていました。が、カロリー制限は2回くらってしまいました…。
最終的には妊娠前+7kg(つわり時からは+9kg)で合格ラインでしたが
特に、産休に入ってからは寝ては食べての生活だったので、増加率がすごかった。
おっぱいマッサージも9ヶ月くらいからやってました。
毎日お風呂で乳腺を開通させて遊んでいました。
おかげでいまはミルク知らずです。

★臨月で気をつけていたこと:いざというときの準備、安産に向けてのマッサージなど
毎日散歩か家の中で運動をしていましたが、あまり重いものを持たないようにとか
無理しないように気をつけていました。
いざというときの備えに、タクシー番号を携帯に登録し、散歩時は破水時のためにナプキン持参。
遠くに出かけるときはタオルももって行きました。(←これが役立ったわけですが!)
その他、ヨガや会陰マッサージ、おっぱいマッサージなども引き続き行い
安産に向けて準備をしていました。


最終的には帝王切開でしたが、その後も傷の直りが早かったり
完全母乳・母子同室でも苦でなかったのは、体力があったおかげかな?
おっぱいマッサージはほんとに役立ったと思います。
世の中の新米ママはよくおっぱいで苦労するみたいなので。
妊娠中もつわりが少しあったものの、腰痛も便秘も頻尿も大したことはなく
割と楽なマタ生活でした。安産間違いない、という変な自信はあったんだけどな…。
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産後、入院時の思い出

Mon

産後、入院時の思い出

帝王切開での出産とのこともあり、しばらくは点滴生活で大変でした。
少し高かったけどトイレ、シャワーつきの個室にしておいてよかった~と
心底思うくらい、よたよたしていました。

義理の母が早速来て身の回りのお世話もしてくれて助かりました。
実母は忙しい生活を送ってる人なので、義母がその分ヘルプに来てくれて
仲良くなるちょうど良い機会に恵まれました。

こじも年度末の忙しいところ、仕事を調整しておやすみを取ってくれて
しかもCDプレーヤーも持ってきて早速の情操教育。
荷物大変だったろうに…。

帝王切開の場合は少し入院期間が長めで、結局破水で駆け込んでから
7泊8日病院にいました。
3日目の昼から赤ちゃんのお世話を開始し、おっぱいも最初から順調!
順調すぎて0時ごろに胸が張ってきて、自分の胸がどうなるのか不安になって
助産士さんに相談した結果、がんばって母子同室で夜も授乳することに。

自分の体は痛みがあっても、子供のお世話となるとへっちゃらで
しかも、アッキーは良く寝る子だったのもあり無事に初夜を乗り切れました。
これが功を奏して、乳腺炎などになることもなく早速おっぱいは順調に出て
胸も柔らかく、赤ちゃんが吸いやすいおっぱいになってくれました。
結局初日以外にはミルクを足さず、完全母乳生活に。

4日目くらいから、傷は痛いものの身の回りの簡単なことはできるようになり
朝食も食堂で他のママさんと共同で取ることに。
(帝王切開の場合は部屋食も選べたのですが、リハビリを兼ねて)
周りのママさんの話もいろいろ聞きつつ、お友達も出来てよかった★

病院の食事は朝食・昼食・おやつ・夕食でかなりの量が出ました。
味は結構美味しく、思ったよりも味付けは薄すぎず、パクパク食べられました。
おなかの切開の傷のせいでゆっくりしか食べれず、量も多かったため完食が難しかったですが
早く回復するため、と自分に言い聞かせてしっかりと食べました。

帝王切開で入院期間が長かったこともあり、両親や義母、こじの他にも訪問客がたくさん!
弟と姪っ子二人、同期の友人夫婦、同期と後輩など。
親戚も何人か来てくれて、暇な入院生活になるところがみんなが来てくれて楽しかったです。
アッキーがなかなか寝てくれない子だと、お客さんが多すぎるのは
体が疲れてよくなかったかもしれないけど…。

退院時には、アッキーのお世話にもすっかり慣れ、
やっと親子3人の生活ができる~とうれしい気持ちでいっぱいでした。



出産時の思い出 3

Sat

出産時の思い出 3

出産時に産声をあげた男の子は2548g、47センチでやや小さめ。
とりあえず2500g超えてて良かった~と思ったのがまず第一の感想。

執刀した先生が後で説明してくれたのを聞くと
胎児が骨盤に頭をはめるときに向きを間違えてはまっていて
(通常顔が背中側に向くところ、うちの子はおなか側に向いていた)
それ以上お産が進まない「回旋異常」だったらしく、でも危険な状態になる前に
帝王切開に切り替えていたので問題ないよ、とのことでした。

私としては「苦しませてごめんね」、というのと「母に似てそそっかしい子め」、
でも無事に生まれてくれて本当にありがとうという感謝の気持ちでいっぱいでした。
手術後は麻酔が切れるまで数時間あり、
(すでに時間の感覚はよく分からなくなってたけど多分お昼くらい)
しばらくすると回復室に。

回復室では麻酔が切れてもすぐには動けず、しゃべる気力もわかず
こじとしか話したくありませんでした。
こじには「陣痛のときなんでもっと励ましてくれへんかったんよ~」と文句が言いたかったし
とりあえず「お疲れ様」くらい言ってくれたらいいのに、って思っていたけど
彼はしばらく無言でした。

あとで聞くと、いつも元気な私がしゃべる元気もなく横になってるのを見て
心配だったとのこと。
陣痛室でも心拍低下になっているのをリアルタイムで見ていて心配でたまらなかったとのこと。
それまで、私自身はそこまで深刻とは思っていなかったので
改めて出産のときにそばで見守ってくれていた自分のだんな様と
がんばって産まれてきてくれたわが子に改めて感謝したのでした。

回復室では一昼夜過ごした後、翌朝は個室に。
朝食時に何とか起き上がらねばと思って体を無理に起こそうとする私を見て
助産士さんがあわてて「無理に起きなくていいよ~」
私は入院経験もなかったので、朝食は自ら立ち上がり
食堂に行かなくてはならないと思い込んでいたのでした。
もちろん、体の自由は利くわけはなくそんなの無理なのですが
「これもリハビリ、気合を入れなくては」と変に思っちゃって…。

当然、病院なのでリクライニングで起こしてもらい
ベッドに寝たままで無事ごはんが食べられたのでした。
おなかとか痛かったけど、早く傷を治すためにもごはん食べなきゃとがんばって完食。

もう一つ、自分の勘違いとしては導尿のこと。
導尿っておしっこの管という認識くらいしかなく、
尿意を催したら自分の意思で尿が出ると思っていた私は、助産士さんに
「おしっこに行きたくなったらどうしたらいいんでしょうか?」
と間抜けな質問をしてしまったのでした。

あとでこじにこの話をして、自分のバカさかげんにあきれてしまいました。
でも、管を挿すだけで勝手に尿が膀胱にたまらずに出て行くなんて知らなかったんだもん…。

出産時の思い出 2

Sat

出産時の思い出 2

ミュージカルを見た直後に破水していることが分かり、あわててこじに報告。
とりあえず大阪府内に住む実家に電話して車を用意してもらい、同じく府内の自宅へ送ってもらう。

入院準備は前日にたまたましていたので、鞄をもって病院にいったのが22時半頃。
このときは穏やかな腹痛があるものの、友人にメールをする余裕もあり
これから起こる出産に対して「やるぞ~!」という気持ち。

病院に着いたら破水を確認し、即入院。
初産なので明け方から陣痛が本格的になるだろうとのことで
陣痛室で休んで様子を見ることになり、こじはいったん帰宅。

初めてのことだらけで陣痛がよく分からず、定期的に来る痛みの時間をはかりながら
ベッドで横になったのが深夜0時くらい。
そのうち10分間隔になってきたので、助産士さんに連絡。
痛みの前後は実際の陣痛ではないとのことで、まだまだですよと言われる。

午前3時くらいから「いててて」と小さい声が出るくらいに痛みが出てきて
またもや助産士さんに連絡。
まだ子宮口は3センチで、これからですよ~と言われるけれど
これから急激に痛みに襲われる予感がしたので、こじを呼び出すことに。

こじが来てくれたのは4時くらい。
NSTもつけて胎児の様子も見つつ、痛みの時にはマッサージをしてもらう。
ちなみに、陣痛の時には
・腰にホッカイロ(生理痛のときと同様)
・腰のツボ押し(生理痛のときと同様)
・お尻の仙骨押し(子宮口が開き出してから)
であぐらかいて座るのが一番マシでした。

そのうち痛みが酷くなってきて、深呼吸もままならなくなってきたときに
胎児の心拍が低下してきて。
医者が来て、とりあえず様子見になったものの
あまりに私が痛がるので、大事をとって分娩台で様子を見ることに。
(午前6時くらい?)

分娩台では陣痛が来るたびに仙骨を押してもらい、助産士さんに呼吸をリードしてもらう。
どうしても痛くて呼吸が止まるので、赤ちゃんに酸素を送るように怒られながら。
子宮口6センチのときに、陣痛時に私が痛がるたびに胎児の心拍低下が見られ
酸素吸入器をつけられ、しっかり深呼吸することを言われる。

もう痛くてたまらない私は、こじがちゃんと励ましてくれないことにイライラしつつ
(こじはこじで、心拍低下を見て、母子共に気が気でなかったらしい)
いつまで続くんだろう…と不安に思いながらがんばって深呼吸してました。
そのうち強心剤を打たれたりして、それでも心拍低下が収まらないのでとうとう帝王切開に切り替え。

医者から緊急帝王切開になります、と言われたときは
内心「やったー!!早く出しちゃってください!!」との気持ちでしたが
実際は酸素マスクもしてるからうんうん頷くだけ。
帝王切開に切り替えになったので、張り止め(ウテメリン)を点滴され陣痛が遠のくのが
ほんとに痛みから解放されてうれしかった!

8時くらいから手術の準備で手術室に連れて行かれて、こじとはバイバイ。
はじめてみる手術室にドキドキしながらも、痛みがなくなって少し余裕が出てきて
周りをキョロキョロ。
体のあちこちに針をさされながら(点滴やら注射やら麻酔やら)
硬膜外麻酔なら初めから無痛分娩がよかったな~とか思いつつ
周りのスタッフの方たちになされるがままに。
たくさん針刺されても、さっきまでの陣痛に比べれば全然大丈夫~と変にハイテンションで
手術ってどんなのかな、とちょっと緊張気味に。

9時になると執刀の医者が二人来て、手術開始。
いろいろ話しかけてくれたし、いつも見てくれてた先生だからリラックスモードで
臨むことが出来ました。
9時59分、オギャアーと産声をあげながら男児出産。
横に抱かせて貰えたときには感無量の気持ちで涙がポロポロ。
今でも思い出し泣きしてしまいそうです。

出産時の思い出 1

Fri

出産時の思い出 1

産休に入ってからは、思いっきり自分のためにいろいろしようと思っていて
毎日楽しく過ごしてました。
朝起きて、こじにおべんと作って、自分のために体にいい食事を朝、昼と食べて。
昼間には散歩したり、Wii Fitしたりでしっかり体重管理。
合間に残っていた仕事をしたり、赤ちゃんグッズを買い揃えたり。
時には美容院に行ったり、エステに行ってしっかりリフレッシュ。

そのうち、間近に控えた出産に向けて
ストレッチ、マッサージ、呼吸法の確認などなど。

エコーではいつも小さめだったので、27日の予定日くらいまでは産まれないと思っていたのと
14日は私の誕生日だったから、14日までは遊びまくろうと思ってました。
加えて、私の父親とこじの母親の還暦、しかも二人とも3月生まれ(7日と15日)で。
お祝いは食事にすることに決めていたので、外食嫌いのこじも出産までは仕方ないと
腹をくくってくれていたのでした。
なので8日はイタリアンのディナー、14日はフレンチのランチとダイエット必死な予定で。

14日の私の誕生日には、ランチの後、梅田でオペラ座の怪人を見に行きました。
これで梅田までお出かけするのも最後だね、とか話しながら観劇していました。
オペラ座の怪人は二人の思い入れの深いミュージカル。
おなかの赤ちゃんにもしっかり聞いてもらわねば、と思っていたら
後半に入ってからずっと、がまんできるくらいだけどしくしくおなかが痛くなってきて。

ミュージカルが終わったら早めに帰ろうっと思いつつ
観劇後立ち上がろうとしたとき「とろり」とお知りに違和感が。
咄嗟に「破水かも!」と思いこじに伝えて、あわててトイレへ。